考えていること

「変わらなさ/変えられなさ」に向き合い直す

ポニポニを立ち上げたのが2019年4月なので、この春で丸5年が経ちました。この間、大牟田市と協働して計画を策定し、連携協定を結び、各種のプロジェクトを立ち上げてきました。また、市内の教育研究機関や地域外の企業との協働を進め、多くの有識者を大牟田に呼ぶイベントを開催し、拠点となるうずうずマインをオープンしました。それらを通じて、市役所職員、専門職、経営者などの仲間ができ、地域からの理解も少しずつ得ることができたと思っています。加えて、日本各地から視察や遊びに来てくれる人たち、海外から何度も活動を見に来てくれる人たち、書籍やインターネットの記事に私たちの取り組みを取り上げてくれる人たちがいました。
一方で、立ち上げたプロジェクトがシステムを転換するような次の展開に至らないこと、モデル事業の実施まで辿りついたにもかかわらず政策に実装されなかったこと、審議会や協議会に参画して十分な価値を生み出せなかったことなど、前に進めないことが少なくありませんでした。他責的には社会システムの「変わらなさ」が強固であったと言えますが、私たち自身の「変えられなさ(力不足)」が本質だと思っています。「大牟田にとって私たちの存在意義は何なのか。やれることはあるのか。社会システムを変えることができるのか」。2024年、私たちのスタートラインは5年前と同じ、「変わらなさ/変えられなさ」に向き合うところに引かれています。

「社会に人が合わせるシステム」から「一人ひとりの可能性を最大限引き出すシステム」へ

ポニポニは、創業以来、「パーソンセンタード」という考え方を手がかりとしながら、人の可能性(潜在能力)を引き出す社会システムを実現することを目指してきました。その背景には、既存の社会システムが人の可能性を奪っていると感じていたことがまずあり、その解決は個人の責任や努力(医療モデル)ではなく、社会システム(環境)が変わることによってなされるべきである(社会モデル)、という信念がありました。実際、地域での実践を積み重ねるなかで、教育、介護予防、産業(経営)、雇用、住まい、交通といった領域において「社会に人が合わせる」という共通する構造があり、それらが時代や社会とのズレを抱え、「不登校」「介護予防における改善率の低さ」「生産性の低さ」といった「人の可能性を奪う」社会課題を生み出していることを目の当たりにしてきました。このことは、湯リイカに「ふろとも」として登場してくれている菊池馨実さんが提唱する「社会保障の基盤を25条(生存権)から13条(幸福追求権)へと転換する」ことを、社会システム全体に拡張する必要性として示唆しているとも言えます。ポニポニは、改めてこの共通する構造に着目し、同時多発的に複数の領域の転換を試みることで、社会システムを「一人ひとりの可能性を最大限引き出す」ものへとデザインし直したいと考えています。

具体的には、不登校児童の増加は学校・学級登校という一斉授業スタイルが子どもたちの多様化に対応できないことによって生み出されており、介護予防における改善率の低さは、重度者に対する「できない」部分を補完する仕組みを、改善可能性がある軽度者に薄めて提供することが利用者(要支援認定者)の意欲を奪っており、企業経営における低生産性は雇用維持(命題としての完全雇用の実現)の装置として産業(企業群)を見立て、公共事業や補助金が活用され続けてきたことで全ての企業を存続することが目的化し、経営者の意欲を削いだことが要因となった、と私たちは考えています。いずれも人が客体化されていると捉えることができ、一人ひとりの主体性を引き出し、それをサポートするシステムへと転換することが求められていると私たちは考えています。

大牟田リビングラボと市民性

視察で訪れてくれた人や他のリビングラボ実践者などから大牟田リビングラボにおける「市民参加」について聞かれたとき、運営している地域包括支援センターでの住民との協働やプロジェクトへの参加を例として挙げて答えていたのですが、どうにもすっきりせず、モヤモヤとしていました。改めて考えてみると、リビングラボが盛んなヨーロッパでは、おそらく国民の多くが「社会は自分たちが作っている。だからこそ自分たちの手で変えられる」という、「市民性」を持っているのだと思います。そして、それを土台(土壌)として、選挙以外で社会を変えていくルートの一つとしてリビングラボが位置づいているのではないでしょうか。
それに対して日本では、メインとなる社会システム(第1・2セクター)の外側(周縁)に「市民活動」があり、それに取り組んでいる人たちを狭義の「市民」と位置付けてきたと感じます。また、リビングラボの多くは、非日常(周縁)に「参加」を生み出してきたように思います。それらはもちろん大事なのですが、社会の変化に応じて変わり続ける持続的な社会を築いていくためには、日本においても多くの国民が「メインの仕組みを変えられると思うことができ、その経験や感触を持っている」ことが求められるのではないでしょうか。私たちは、「市民」をめぐる中心と周縁の境界を乗り越えていく必要があります。
この観点においてポニポニは、現在の社会システムが「社会に人が合わせる」特性(理念)を持っており、「社会の変えられなさ」を国民に感じさせていると考えています。それを、存在が肯定され、多様なチャレンジが尊ばれるような、「一人ひとりの可能性を最大限引き出す」社会システムへと転換したいと思い、取り組んでいます。その意味で、ポニポニは、「市民性が体現され、発揮される社会」の実現を目指していると言えます。私たちは大牟田リビングラボをその実現のための仕組みとして捉え返し、さらに価値を高めていきたいと思います。

ポニポニの取り組みで言えば、「公立中学校における総合的学習の時間」での試み、「短期集中予防サービスのモデル事業」「超短時間雇用」「大牟田市ビジネスサポートセンター」などが、具体的に子ども、高齢者、障害者、経営者「一人ひとりの可能性を最大限引き出す」社会システムへの転換を目指したプロジェクトと言えます。また、「グルグル・ダイアログ」「わくわく人生サロン」は、対話を通じて一人ひとりの想いや願いを引き出し、意欲を引き出す(うずうずする)場づくりと位置付けられます。今後、地域や社会をよりよくする事業に取り組む人たちや市内企業をサポートすることにも取り組みたいと思っています。これらの一連のプロジェクトを推進する拠点として、うずうずマインを生かしていきたいです。

地域内の経営力・課題解決力を高める

地域課題が複雑化・複合化するなか、大牟田市(行政)は、民間の事業者と同じく構造的な人手不足(労働供給制約)に陥り、課題解決力が低下しています。一方で、大牟田市の産業の7〜8割を占める生活維持サービスが労働供給制約によって打撃を受け、生活の維持に影響が出始めるという新たな課題が生まれています。ここに、産業政策と社会政策との強い結びつきが現れ、介護、交通、小売・飲食といった生活に欠かせない業種は、今後、公的な位置付けをもつものとして再定義され、生活に必要な分について、それらが事業を継続していくことが優先順位の高い政策目標になると私たちは考えています(産業社会政策)。それにあたり、市内企業の大部分を占める中小企業への経営支援を強化することに加え、労働供給制約の現状を解像度高く把握し、維持すべきサービス量・水準を見定めていくことが求められています。さらに、新たにそれらを担うようになるいわゆるソーシャルビジネスや市民活動を活性化すること、AIなどのテクノロジーを最大限活用することなど、地域の課題解決力を高めていくことが必要だと考えています。

私たちもコミットする形で、2024年4月に市内企業の経営を支援する「大牟田市ビジネスサポートセンター」が立ち上がりました。この大牟田市ビジネスサポートセンターは、大牟田市の中小企業の経営相談を広く受け、伴走して経営課題解決に取り組むことを目指しています。今後、地域の実態把握や将来予測を行い、事業承継やM&Aなど地域に残すべき事業を残し、社会環境に適した形へと業界のあり方を転換していくことにもコミットする必要があると私たちは考えています。この取り組みに加え、私たちが運営してきた「大牟田リビングラボ」を拡張し、うずうずマインという拠点も生かす形で、地域課題を解決するようないわゆるソーシャルビジネス(最近では、ローカル・ゼブラ企業)、市民活動の立ち上げや支援を行なっていくことも必要になると思っています。

官民協働の新しいフォーマットを生み出す

市役所にとって、基本的な官民協働のフォーマットは審議会や協議会です。うまく運用されている場合もありますが、形式的な場になることが少なくありません。その背景には、行政の立場上、参加を呼びかける相手に一定の妥当性を必要とすることやメンバーのバランスを意識することがあり、結果として同じようなメンバーを呼ぶこととなり、その場のテーマにコミットメントが高いわけではない人たちが含まれやすくなっている状況があります。また、民間事業者に意見を求めるものの、会議ごとの整理や提案に向けた取りまとめを行政が担うため、結果的に、民間は責任感が十分ではない意見を言いがちです。これらは、フォーマット自体が持つ構造的な問題です。だからこそ、当事者の意識変革ではなく、官民が目標や目的を協働して設定し、ともに責任を負い、得意な分野を互いに担う形で積極的に取り組める新しいフォーマットを生み出す必要があると考えています。

私たちは、2024年2月、労働供給制約に関するイベントを開催しました。後援に大牟田市や大牟田商工会議所が名を連ねていますが、基本的に私たちが責任を持って内容を企画し、地域内外の関係者や有識者に当日の登壇を依頼しました。その際、状況を共有するために使ったデータは、行政の各部署が計画等に載せているものを集め、国勢調査を独自に分析するなど、公的で客観的なデータをテーマに即して整理し、「大牟田レポート」として配布しました。参加者は、民間からだけではなく、行政からの参加者も多く、官民が同じ現状を共有し、議論する場としての可能性を示したと考えています。今後、このテーマにおいても戦略を設計し、具体的な取り組みを官民で進めていくことを試み、その試行錯誤から官民協働の新しいフォーマットを生み出したいと思っています。

若者が自分の言葉を得る機会をつくる

改めて「変わらなさ/変えられなさ」に向き合うにあたって、ポニポニのスタッフも含めて、特に若い人たちが自分の言葉を得ていく取り組みを地道に、地域に根ざす形でやっていく必要があると考えています。そう思ったのは、市役所をはじめとする地域関係者との関係性が深まり、信頼関係が構築されていくことと、協働して既存のシステムや枠組みを乗り越えていくことがうまく接続しないと感じたことにあります。課題を生み出すシステム自体を転換していくには、ポニポニだけではなく、協働する地域の仲間も現在のシステムに埋め込まれた役割から外れた視点を持ち、自らの当事者性を持ってシステムを捉え直すことが欠かせなかったのです。社会システムを変えるきっかけとなるプロジェクトを始めるのがポニポニの役割であるのはこれからも変わりません。ですがそれに加えて、取り組みの中心となる若い人たちが「うすうず」する機会を作り出し(意欲を引き出し)、彼ら/彼女らが目の前にある社会的な事柄を「自分ごと」として捉え直し、自分の言葉を得て、楽しくのびのびと意見を交わせるようになっていくことが、地域や社会システムを変えていくために不可欠だと感じています。

2024年3月、湯リイカに「ふろとも」として登場してくれている東京大学の梶谷真司さんが大牟田に遊びに来てくれた際、「書くこと・考えることのワークショップ」をポニポニスタッフ、市役所職員、地元企業の社員向けに開催してもらいました。その内容は、3〜4人が1組となり、互いに質問を投げかけ合いながら、それぞれが文章を書いていくというものです。「誰でも楽しめる画期的な内容だ」という梶谷さんの言葉のとおり、セクターや業界を超えた人たちが生き生きと語り合い、大いに盛り上がりました。私たちは以前から対話が人の意欲を引き出すことに注目し、さまざまなプロジェクトに組み込んできましたが、今回の内容は、地域のつながりを深め、自然と意欲(うずうず)を引き出す、まさに「画期的な」ものでした。今後、定期的にうずうずマインで開催したいと思っています。

ポニポニの考え方やアプローチを整理し、他地域で生かしてもらう

連携協定に基づいた市役所との協働による政策形成や「狭間の問題」にアプローチするプロジェクトの組成、地域で見出した社会課題をビジネスの文脈に翻訳することで地域外企業のビジョンメイクやサービス開発に生かすことなど、ポニポニは他の中間支援組織やリビングラボとは異なる独自の展開をしてきました。一方で、社会全体として、社会(地域)課題解決の担い手を行政に限定しない流れが強くなり、セクターや業界ごとの取り組みではなく既存の縦割りを超えた協働の模索、現象的な課題解決だけではなく構造を変えていくようなアプローチへの期待など、ポニポニが実践を通して得た知見を参考にしてもらえる可能性があることを感じています。もちろん、私たちが「変えられなさ」を抱えており、事業を再構築していくことが最優先に取り組むべきことです。一方で、社会システムを「一人ひとりの可能性を最大限引き出す」ものへと変えていくことが私たちのビジョンであり、それを実現するために資することは、他地域においてもやっていきたいと思っています。

これまでポニポニが得た経験を誰かに伝える方法は、私たちの活動を見つけ出してくれた人たちがインターネットの記事や書籍に掲載してくれるほかは、主に論文で発表してきました。最近では、Open Living Lab Days 2022で、木村さん(ポニポニ/(株)地域創生Coデザイン研究所)が発表した「Social System Design Methodology for Transitioning to a New Social Structure」がTOP SELECTED PAPERSに選ばれるなど、海外での知見の発表や共有に可能性を感じたところです。また、私たちが重視している思考の枠組みの転換を「美学思考」としてメソッド化することも試みています。現在細々と取り組んでいる各地の中間支援組織やリビングラボ立ち上げのサポートを少しずつ広げるとともに、日本全体に対して貢献することにも取り組んでいきたいと思います。

マルチセクターをリードし、コーディネートできる人材を育てる

ポニポニが試みている政策立案・ビジネス・市民活動を融合した地域課題解決アプローチは、現在のところ、立ち上げメンバーがもつマルチセクター経験を生かしている状況にあります。今後、セクターや業界ごとの取り組みではなく、既存の縦割りを超えた協働が社会全体でより一層求められるとき、3つのセクターを一定の深さで経験している人材が必要になると感じています。近年、行政と民間企業の2つを経験したことがある人は少しずつ増えてきていますが、市民活動を含めて経験している人はまだ多くありません。また、「経験を積む」ことを目的に、短期間他のセクターに関わるだけでは、それぞれに特有なロジック、構造、文化などを掴むことが難しいため、10年程度の期間を設定し、それぞれにしっかりとコミットするキャリアパスを意図的に構築する必要があると考えています。できれば、公共的な観点のある大企業、中央省庁・自治体や国際機関、積極的に事業を展開しているNPOやNGOの協力を得て、高等教育機関とも連携し、2〜3年ほどでローテーションする10年間のキャリアパスを設計し、その後の5〜10年程度の雇用を保証する「新しい公務員(マルチセクター公共人材)」のような職種を生み出すところまで辿り着きたいと思っています。

ポニポニの経験を通じて言えば、ビジネス領域の人たちにとって、政策・制度が社会システムの基礎的な部分を構成し、人々がそれを内面化することで機能させていることを理解することに難しさがあります。一方で、行政の人材は、政策という言語と使い切ることが前提の予算を組み合わせて単年の事業を回しているため、立体的に資源を構成し、戦略を設計して継続的に実行することが難しいです。市民活動の人たちは、ビジネスを忌避することや行政に対して批判・陳情するスタンスを取ることが多く、両者が持つ価値やポテンシャルを掴めていないことが少なくありません。対して、市民活動に取り組む人たちが予算や収益など資金の裏付けがないテーマにコミットして継続性を強く持って取り組んでいるメカニズムを、行政・ビジネス領域の人たちは理解することが難しいです。

わたしたちが考えていること(2022年5月)
わたしたちが考えていること(2019年4月)