ポニポニピープル Dialogue 009 坂口大輔
(2/5)大牟田市健康福祉総合計画
菊地玄摩 ポニポニ立ち上げ後、坂口さんは大牟田市健康福祉総合計画の策定に関わられています。
坂口大輔 私が福祉課の総務企画担当の主幹と主査を兼務していた時でした。策定業務の前半1年間を梅本さんが担当されていて、梅本さんが異動されていらっしゃらなくなったタイミングで、私が後任として関わるようになりました。後半の1年間、令和2年度ですね。計画策定業務の支援をポニポニに受けていただいていましたので、深くやり取りをさせてもらうようになりました。当時は中身を一番考えてくれてたのは原口さんなんですけども、当時代表理事だった菅原さんに入ってもらって、3人で話したりしていました。
菊地玄摩 坂口さんは、2年目を引き継いだということなんですね。
坂口大輔 そうです。前半の年度も、梅本さんがいろいろ考えてアンケートをされたり、事業所へのヒアリングをされたりしていたのを見ていたので、なんとなくは分かっているつもりでしたが、ポニポニとの関わりは最初は難しかったですね。
菊地玄摩 どのあたりが難しかったのでしょう?
坂口大輔 原口さんとは、いろんな考え方を深掘りしてやり取りすることになるんですけれども…ポニポニのメンバーと深く話したり一緒に何かを作り上げるのはその時が初めてで。なかなか分かりにくいところもあって、焦りがありました。「作っていかないといけない」という焦りと、「そこまで深掘りするんだな」という感覚と。このタイミングでここまで詰めておきたいとか、もうちょっと早くしたいとか、事務的な部分との葛藤がありました。
菊地玄摩 ポニポニの仕事ぶりに戸惑ったということですか?
坂口大輔 計画策定に慣れているコンサルは見栄えのいい資料を出してくれるのですが、ポニポニの場合は本質を捉えるためにまず深く考えるところから始まります。ですから最初は「どうなるのかな」という不安は大きかったです。どんな感じでできていくのか、十分に見通しが立てきれないというか。しばらくはモヤモヤしていました。
菊地玄摩 年度末には完成する、というゴール設定があったわけですよね。
坂口大輔 年度末というよりも、11月か12月ぐらいにはパブリックコメントを行うため市民に公開する必要があるので、その前に議会に見せる必要があります。スケジュール表をみながら「大丈夫かな?」みたいな感じで 笑。でもそれは、どのコンサルとやっていても同じですよね。自分たちのペースでやれるかどうか、ということなので。いずれにしても「産みの苦しみ」はあると思うんです。
菊地玄摩 健康福祉総合計画は、令和3年3月に公開されました。
坂口大輔 色々評価もあるし、「使いにくい」「分かりにくい」というのはよく聞くんですけども、9本の行政計画をまとめたのは初めてのことですし、そこに一つの理念を通したということはすごく意味があったと思います。そこにポニポニが大きく貢献していただいたのは間違いない。私たちだけではできていないと思います。
菊地玄摩 ポニポニからはどんな提案があったのでしょう。
坂口大輔 健康福祉総合計画は、地域福祉、高齢、障害、自殺対策など、諸々の計画をまとめようとしていましたが、そのために考え方の芯を通す必要がありました。そこで、生まれた時からお亡くなりになるまでの一生を対象とする計画として、「人を真ん中」にするという軸を立ててくれました。例えば高齢者の介護保険事業計画は、高齢期の一時的な期間を対象にしています。地域福祉計画は、人が真ん中のまちづくりプランでしたが、人を支える具体策という部分で弱いところがありました。そういった中で、当事者の全人的な部分について踏み込んで議論されている障害福祉の考え方をベースにすることを提案してもらい、一緒に考えてきました。私の理解が追いついていないところもたくさんありましたが、そういった「人を見る視点」やそれを具体的な「仕組み」にする視点等すごく勉強になりました。
菊地玄摩 重要な部分ですね。
坂口大輔 制度運用をやっていると、「マス」の視点になったり、支援者側の視点になりがちなんです。振り返ると、「本人中心」を突き詰めることが大事なのだということを、突きつけられていたような気がします。「何のためにこの計画を作るのか」という原点を、踏み込んで追求していく姿勢と、でも一方で、現実にはできることとできないことがあるので、そこは現状に合わせてまとめていこうという姿勢と、両方があって。とても勉強になったし、一緒に策定できて良かったと思いますね。外形的に綺麗なものを作ってくれるところは多いですが、「何のためにやるか」というところをひとつひとつ突き詰めるような、産みの苦しみの作業は、とても大変だと思うんです。そこを一緒に考えてくれたので、とても心強かったです。
菊地玄摩 なるほど。
坂口大輔 私もいろんな計画策定業務に携わってきましたが、コンサルが作成した原案を、あとでほとんどすべて書き換えることもあるんです。ポニポニの場合も、最初は尖っている文章が多かったので、行政の文章として出すためには変えなければいけないところはたくさんありました。でも、それは直せばいい話。「本質的なところ」そのものを提示するのは、あの人たちじゃないとなかなかできないと思います。
菊地玄摩 ポニポニらしい仕事ぶりだなと思いました。
坂口大輔 最初の頃は、私が原口さんの話を理解できていない部分もたくさんあったので、「こういうことを言ってるんですよ」と菅原さんに通訳してもらっていたところがあったと思います 笑。なんとか計画が形になっていく中で腑に落ちて、私も分かるようになっていき、途中からは直接やり取りができるようになったという感じです。