ポニポニピープル Dialogue 006 椎原春一

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一頭一頭の事情

菊地玄摩 環境エンリッチメントについて、もう少し伺えますか?

椎原春一 動物園の世界の流れは、どんどん変わってきています。動物園は博物館でもあるんですが、イギリスの博物館には「Museums Change Lives」というスローガンがあって、人々の人生を変えていくのが博物館の使命だと言っているんですね。動物が絶滅していったり、環境が悪くなっていたりする中で、世界の動物園協会のミッションも、市民をより良い方向へ変容させていくのが使命だ、となっています。世界の流れがそうなってるのに、うちは何もやっていないなと引け目に思っていて。ポニポニのように外で頑張っている人たちの活動を見て、参考にしたり、動物園として関われるのもあればいいなという感じですね。技術的な面だけではなくて。

菊地玄摩 動物園の世界では、いつ頃から環境作りに関心が向けられるようになったのでしょう。

椎原春一 そうですね。昔からやっている人はいたのですが、環境づくりが潮流として入ってきたのは、ここ20年ぐらいですね。それはトレーニングや動物ショーなどの世界で「飴と鞭」はよくないよね、という流れでもあるのですが、日本では20年前ぐらいまで残っていて、ここ10年ぐらいでようやく少し変わってきました。
人の世界もそうなんですが、「飴と鞭」で教育していこうというのが昔は当たり前だったじゃないですか。でも鞭というのは暴力で、ダメだよねということになって。そうすると出てくるのが、「飴と無視」と言って、気にかけないやり方。「飴と飴無し」と言ったりもしますが、「飴がもらえる」と期待している相手にとって、飴がもらえないのは無視されることと同じです。周りから無視されるというのは、物理的な圧はないですが、心理的には凄まじい。ある程度の友好関係があるところで突然、感情を無視されるというのは、動物にとっても大きなストレスになります。動物に感情を認めるのかという話もありますけど、日本人は動物を飼っている人が多いから、動物にも感情があるよねと思っている人は多い。そうして「鞭はよくない。無視も良くないよね。いつも飴を提供することで関係を築いていきましょう」ということになっていく。

菊地玄摩 なるほど。

椎原春一 だけど、どうやったらいいの?というところで行き詰まってしまう。今できていることを見つけて褒めることで動物の行動を変容させ、スモールステップを積み上げて周りといい関係を作り上げていこうというのが、今の飴の使い方です。環境エンリッチメントでもそうですが、人だから犬だからライオンだからではなく、目の前にいるライオンのレオ君はどういう経歴で育ってきて、どういう環境で生活していて、どういう健康状態なのか。そういうことを把握した上で、今の彼にとって飴になるのは何なのか、彼がもっと豊かに生活するには何をすればいいのかということころを考えて、飴を差し出して、少しずつ環境を変え、彼の行動を変えようということをやっています。2019年にポニポニのパーソンセンタードという言葉を聞いて、動物と一緒じゃんと思いました。

菊地玄摩 ポニポニのポのPはPersonのPで、パーソンセンタードは当時のキーワードでした。

椎原春一 英語で動物のパーソンに相当する言葉があるのかわからないのですが。よく動物中心というけれど、それって「種」であって。アニマルセンタードはヒューマンセンタードのようなものじゃないかと思います。パーソンは一括りの人間ではなく、それぞれの人ですよね。動物もそれぞれだし、今日と明日はまた変わってるかも知れないし。「動物中心」という言いかたでは、そういうところが全然伝わってこないなと思いました。

菊地玄摩 1人1人事情があるよねということから出発するんですね。

椎原春一 動物も1頭1頭事情があって、今の行動をしている理由があります。

菊地玄摩 ライオン全体でそう言えることがあっても、個体の事情はまた別、ということですね。

椎原春一 ライオンというのは、動物園の狭い部屋にいるわけじゃなくて、大草原の中に群れでいるのが普通で、その中の1頭1頭なわけです。人も、その人だけで完結するんじゃなくて、その人を取り巻く物理的な環境プラス、社会的な環境まで合わせてその人、という考え方ですよね。いろんな分野でそういう考えが少しずつ広がってきているというのが、現在なのかなと思います。あと10年後はどうなるんだろうと思うと、もっと長生きしたいなと思います。

菊地玄摩 動物と人のケアの共通点と、ポニポニと椎原さんの共通点がオーバーラップして感じられました。

椎原春一 そうですね。ポニポニの活動や発信を見て、人も一緒だから間違ってはなさそうだ、と私の中で確認することができました。

菊地玄摩 仲間がいる、という感じですか。

椎原春一 仲間というか、同じ時代を生きている人たちがいるなという感じですかね。

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