ポニポニピープル Dialogue 006 椎原春一
(4/8)動物福祉のバランス
菊地玄摩 あなたはこういうタイプだから、と括られてしまうところから出てくる問題をポニポニも扱っていると思います。椎原さんの人生の中で、どういうところからその関心が芽生えたのでしょう?
椎原春一 いろんな失敗ですね。鳥は一般に緑の木が好きで、葉をちぎって遊んだりしますが、全く植物のないケージの中で育った鳥に緑の枝を入れたら、異質物が入ってきたと騒ぎまくって、くつろぐどころじゃないんですよね。育ってきた環境というのは、すごく大きい。動物園同士で動物をやり取りするときにも、ゆっくりじっくり新しい環境に慣らしていくのは、昔からある飼育のノウハウで。1頭1頭違うよねというのは、今までの経験に表現が与えられた感じです。
菊地玄摩 飼育の現場に入ってからの経験ですね。
椎原春一 そうですね。動物のために良かれと思ってやったのに、動物が怖がっていることがあって。
菊地玄摩 鳥が植物を怖がるとは、想像したことがありませんでした。
椎原春一
入っている食べ物が、揺すったりしないと出てこないフィーダーというものがあるんですが、新しいものには寄りつかないんですね。こちらが良かれと思っても、新しいものが目の前に来た時に、警戒して近寄らない。あるいはお猿さんだったら、木に登りたいだろうなと思って枝をたくさんつけてあげても、これまで体験してこなかった個だと、怖がって上に行かないんです。柵では上へ行っていた個ですら「変なものがある」と警戒してしまう。でもそういう個たちでも、こうしたら食べ物が出てくるんだ、上へ登ったらゆったりして下を見下ろせるんだということを経験しだすと、食べ物が隠してあるのかなと近寄って行ったり、新しいものにチャレンジするようになります。
飼育して観察していくと動物自体も変わっていくんです。人も一緒なのかなと思います。とにかく、動物も人も長い目で見ないといけません。ケアする側は長期的に相手の負担にならないよう、より良い方法で相手の様子を見ながら時間をかけて変えていくというのが1番なのかなと思います。
菊地玄摩 慣れを経験するのは種ではなくて、1人1人というか、その個体なんですね。
椎原春一 その個体がどういう育ちか、どういう経験をしてきたかですね。昔テレビで「お母さんが育てない子をミルクで育てました」という、飼育員の愛情物語がバーっと取り上げられていましたが、本当はお母さんが育てるのが一番いいんですよ。お母さんが育てなくても、お母さんが死んでしまっても、人間が全部介護するんじゃなくて、できるだけ早い時間で戻してあげる。自分の仲間との関係性を小さい時から持っておくのが大事だ、ということについては、ここ2、30年でだいぶ変わって、早い段階で親や仲間に戻すという保育をするようになりました。
菊地玄摩 なるほど。動物園のスタンダードが変わってきてるんですね。
椎原春一 そうですね。意識高く笑。今は情報がすぐ共有されるから、すぐそれがスタンダードになっていきますよね。
菊地玄摩 いいものが広まるということでしょうか。
椎原春一 広まりやすいですね。これまでは年に1回の研究会で、あそこの動物園はそんなことをやっていたんだと知るサイクルで、1つの技術が広まるのに2、3年もかかっていたけれど、今はInstagramなどの動画でいいなと思ったものを、2、3ヶ月後に取り入れられます。
菊地玄摩 動物たちの生活を支える実践が横につながっていく印象をもちます。
椎原春一 きちっとしたゴールがあるんじゃなくて、なんとなくこれが豊かで、充実した生活だよなというところに向かって、今目の前にいる子に沿った形でケアを変えていくんですね。
菊地玄摩 お話を伺っていて、個体があってそれぞれの経緯があって生活をしている、という意味で、アニマルとヒューマンの区別がわからなくなってきました。椎原さんにとって人と動物は違うものですか?
椎原春一 そうですね。人のほうがわかりずらいですよね笑。日本人同士だったら日本語が通じるのだけど、人は思ってないことを口に出すじゃないですか。半分はただ言ってるだけなのかなと思いながらも、半分は言葉の力に惑わされてしまいますよね。言葉に出されたらそうなのかなと。動物は、ひたすら行動、表情、仕草で。動物園の場合は24時間の行動記録から解析したり、いろんなやり方があるんですけど、最終的には行動からしか読み取れないです。人同士でも相手の行動、表情、仕草はそれなりに見てるんですけど、言葉を交わしているから、半分は言葉のほうに力を持っていかれちゃって、わからないですよね。プライバシーもあるので、24時間どういう生活をしているか全くわからないですし。そう考えたら動物ってプライバシーがないですね笑。
菊地玄摩 なるほど。ベースは同じでも人間は言葉があるぶん、ややこしい存在に見えますね。
椎原春一
動物福祉を考える時に、「医学的に生物学的に健康であるか」「動物の種らしい環境にいるか、行動ができているか」「動物の個体が持っている感情」その3つをバランス良くしていかないといけないという基本があります。うちの動物園は、私の志向もあって動物の感情重視でいっちゃってる部分がありますが笑、バランスを取らないといけないですね。バランスを崩すと健康を壊したりすることもあります。
お猿さんだからといって、怖がっている木に無理やり登らせて恐怖を与えるようなことをするのではなくて、自分で木に登るようにゴールを持っておかないと、お猿さんなのに木に登る楽しみも知らなくなってしまいます。お猿さんは、低いところで飼われていると、筋力や高いところでの能力が落ちたりします。それから、歳を取ると木登りができなくなるので、落ちても心配のない木登りの動作を考えてあげたり。やっぱりバランスですね。動かないと健康にも良くないし、難しいところです。
人も「個が何を感じているか」が無視されて、「人はこういう生活をしないといけない」「それができないなら認知がおかしい」となってしまう。飴の考え方もそこからスタートなんですよね。
菊地玄摩 「木に登れない人たち」というラベルをつけられて、木に登るトレーニングをさせられても楽しくないですもんね。
椎原春一 嫌だろうなと。それで落ちて怪我したりしたら、誰が責任取ってくれるのって。お猿さんは言わないですけど笑。