ポニポニピープル Dialogue 008 猿渡春香
(3/8)あるお客さまからの手紙
菊地玄摩 冨士タクシー社はすごいタクシー会社だとわかりました。
猿渡春香 先代のときに「お客様に親切にするのが当たり前」ということや、「地域に貢献することに利益を求めない」という社風があり、それが引き継がれています。ですが私が入社した頃はまだ20代だったので、毎日の業務がルーティンのように感じて楽しくないなと思ってしまい、半年ぐらいで辞めようかと思ってました。
菊地玄摩 そうなんですか。
猿渡春香
ちょうどその頃に、お客様から会社に手紙を頂きました。そのお客様はよくタクシーを呼んでくださる方で、私が「すいません、今ちょっと車がないので時間がかかります」と言っても、必ず「ありがとう」と言ってくれていたので、すごいお客さんとして覚えていました。手紙には、高齢になられて施設に入居することになったというお知らせと、40年ぐらい前に冨士タクシーに出会ったきっかけが書かれていました。当時はまだ自家用車があまりなかった時代だったと思いますが、「自分の親の危篤の知らせを受けて、その時に唯一冨士タクシーが来てくれたのでなんとか間に合いました」だから「お礼をしたいと思って毎日使ってました」と。そして「高齢になって乗り降りに時間がかかるようになって、お世話をかけるようになってすいません」という内容でした。
お客様がどういう気持ちで、どうしてそこに行きたいのかは、私にはわからない。どうしても行きたい気持ちがあって、そこに自由に行動できることは、人としての幸福だと思います。最近は夏の豪雨など、天候が読めなかったりして難しいことはありますが、それでも私たちは、毎日運行を続けることがお客様に対する誠意だと思って、できる限り運行を続けたいと思っています。都市部ではどこのタクシーを利用するか決めずに、アプリでタクシーを呼ぶような一見さんが多いかもしれません。でも地方では「呼びつけのタクシー会社」があって、運転手さんとお客さんが親戚のように仲よくなったりします。
菊地玄摩 うん、なるほど。
猿渡春香 土地柄もあるのですが、うちはほとんどが電話をかけていただいてからの仕事なので、「冨士タクシーは安心だ、親切だ」と思っていただくことで、会社の信頼につながってきます。いまはうちも運転手さん不足なので、混んでいる時間帯では20分待ちとかになるんです。例えば「すいません、20分ぐらいかかるかもしれません」と言っても、「待っとくけんいいよ」という感じなんですよね。 それは、「冨士タクシーに乗りたい」「冨士タクシーに送ってもらわんといかん」と思っていただいているからだと思います。社員一同そう思っていただけるように取り組まなければいけないと思っています。
菊地玄摩 なるほど。
猿渡春香 1年ぐらい経つとお客さんって結構変わるので、現場に携わってないと今の状況がわからなくなります。今この時間帯だったらここ辺りが動いているな、とか。現場を忘れない、現場から離れないようにとずっと思ってます。
菊地玄摩 先ほどの手紙は、お客様から直接現場に届いた感謝の声ですね。
猿渡春香 うーん、あれは何と言うんですかね…何とも言えない。そんなことを考えて使っていただく人がいるだなんて、全然思ってなくて。
菊地玄摩 ルーティンがだるく感じられることと真逆に、毎回感謝で乗ってくれている人がいた。
猿渡春香 だから私もびっくりして、それから考えが変わりましたね。一回一回の仕事が、いつも同じなわけではなくて、そのお客様がそのときやりたいことがある。そのためのお手伝いを私たちがする、という考えに変わりました。
菊地玄摩 冨士タクシー社の伝統が、新入社員だった頃の猿渡さんに伝わった瞬間だったのですね。そのお客様も、そういう伝統を持つ会社だからこそ、手紙を書かれたのではないかと思いました。
猿渡春香 そうですね。先代は私の祖父ですが、今のように社長も副社長も女性というのは、全国のタクシー会社の中でも珍しいんですよ。運転手さんが圧倒的に男性なので、やっぱり男性的な会社、そして業界もそういう感じなんです。祖父も、昭和一桁生まれの戦争経験者だったので、もう「ザ・九州男児」。
菊地玄摩 ああ、なるほど。
猿渡春香 祖父は、男が当たり前の中でタクシー屋さんをしていたけれど、「今後は女性でもできる」と言って女性に引き継ぎました。私が継いだ当時は、大牟田市内の企業の中で女性が社長というのは2社しかないくらいでした。
菊地玄摩 交代はいつごろだったのでしょう。
猿渡春香 14年ぐらい前です。東日本大震災の年ですね。
菊地玄摩 2011年。その時にはまだ大牟田の女性経営者はあまりいなかった。
猿渡春香 いなかったですね。個人事業主の方はいらっしゃると思うんですけど、法人の経営者と言うと女性はひとり、ふたりくらい。
菊地玄摩 今は増えていますか。
猿渡春香 今はちょっと増えてます。建設業でも女性が後継者になることもあります。当時、女性に次を託すことについて、祖父もかなり考えたと思います。「女性もできる」と祖父が言った通りになったと思います。
菊地玄摩 革新的な九州男児だったんですね。
猿渡春香 はい。もう本当にすごい人でした。ずっと「怒られたくないな」と思ってました、怖いから 笑。 祖父が正しいんですけど。仕事も「教える」というよりも「教えを乞う」とか「見様見真似でやれよ」とか、そういう雰囲気が強かったですし。
菊地玄摩 孫にもそうなんですね 笑
猿渡春香 プライベートではものすごく私に甘かったんですよ、目に入れても痛くないぐらい 笑。だけど、会社では厳しかったですね。
菊地玄摩 切り替えがあってかっこいいですね。
猿渡春香 こっちは切り替えられないんですけどね 笑。 プライベートは普通に喋るけど、会社で仕事のことになるとめちゃくちゃ厳しいし妥協しない。「できない」と言うと「じゃあできるまでやれ」となるので、「参ったー」と思いながらやっていましたね。