ポニポニピープル Dialogue 008 猿渡春香
(4/8)観光が好きになった
菊地玄摩 猿渡さんがさまざまな観光関連の記事に登場されているのを見かけます。観光について、冨士タクシー社とどういうバランスで取り組まれているか伺いたいです。
猿渡春香
最初に観光業に携わるようになったのは、福岡県庁から九州新幹線の開通に合わせた二次交通として「観光タクシーのルートを策定しませんか」というお誘いがあったのがきっかけです。
そのときは、今まで観光タクシーをやったことがありませんでしたし、まだ大牟田の炭鉱関連施設の世界遺産登録もなかった頃なので、大牟田の観光なんてそもそも考えたことがありませんでした。ただ、先代から「ここからここまで運べば終わりみたいな仕事じゃなくて、高齢者お一人お一人に合わせた送迎サービスのように、ニーズが多様化してくる。これは是非やった方がいい。お前行ってこい」と言われて行くことにしました。
菊地玄摩 九州新幹線の新大牟田駅ができる前の時期、ということですね。
猿渡春香 できる1年ぐらい前です。私としては業務命令で行ったという感じでした。福岡県が予算を組んでくれて、旅行代理店から講師を招いて一緒に商品開発をしました。観光タクシーのコースが出来上がり、テレビ局を呼んで出発式を行ったのですが、ほとんどヒットしませんでした。筑後地方や大牟田の実績がゼロだっときは、福岡県も「まさか」という感じでした。
菊地玄摩 おお…。
猿渡春香
その後も福岡県は予算も含めて長くバックアップしてくれました。私を「ちくご元気計画」という観光商品を作る協議会に参加させてくれたり、いろいろやってくれて、結局10年くらいは関わってくれました。
私も観光が面白くなって、好きになっていきました。そのうち大牟田の炭鉱関連施設が世界遺産に登録されたこともあり、観光タクシーのニーズが増えていきました。ただ、それも長く続かず、すぐ落ちてしまったんです。
菊地玄摩 ああ…。
猿渡春香
もっと大牟田市の観光を推進しようということで、大牟田市が「行政と民間で協力してやりましょう」と、大牟田のほとんどの組織(15団体)が入るような観光推進協議会「大牟田た~んとよかとこ協議会」を作りました。みんな「これが大牟田の観光のラストチャンスだろう」、「ここで力を出しきらんなら、大牟田の観光に取り組むことはもうないだろう」というくらいの心持でした。
私は委員として様々な事業に関わりました。そこで、当時の大牟田には体験プログラムと呼べる商品がなかったので、着地型の体験プログラムを作りました。あとは西鉄さんの「レールキッチン」が来る時だったので、以前大牟田で走っていた路面電車を改修して、大牟田駅西口に持ってくることもしました。そして、そこでマルシェを開催したり、本当にいろんなことをさせていただきました。
菊地玄摩 なるほど。色々お見かけする「実行委員の猿渡春香さん」の記事は「大牟田た~んとよかとこ協議会」の猿渡さんなんですね。
猿渡春香 そうです。もう何をやってるのか自分でもわからなくなるくらいの忙しさでした。結局、協議会には計7年ぐらい携わりました。そこで一定の成果を出せたし、今も継続しているものがたくさんあるので、良かったと思っています。個人的には、今年久しぶりに観光に関する業務から卒業できて、時間的にゆとりができたんです。やはり、余裕は大事だなと、改めて実感しています。
菊地玄摩 タクシーの現場と経営をやりながら、協議会委員として活動……とても忙しいですよね。
猿渡春香 めっちゃくちゃ忙しかったです!会社行く、協議会で会議をはしごする、会社に戻る、また打ち合わせがある…。週末にはイベントがあるし、それを作り込むのに時間がかかる。もう本当にパニックを起こしそうになって、今日の朝何を食べたか全く思い出せないというか、「今日1日何したっけ?」みたいな感じでした。会議のときに課題をメモしておかないと、次の会議に行ったときには覚えていないということもありました。楽しかったし、振り返ればいい思い出なんですけど、当時を振り返ると「やりすぎたな」という感じです。
菊地玄摩 お疲れさまでした。
猿渡春香 協議会が解散したので、私もやめようと思ったのですが、もう少し関わってほしいという声があったのと、まだやり残したことがあったので、そのあと2年間は「大牟田市観光コーディネーター」を引き受けました。今年度からはすべての役割が終わったので、プレッシャーから解放されてホッとしています。観光に携わるということは、事業者さんを巻き込んでいるので、成果が出ないと同じ商売人として申し訳ないと思ってしまう。だからイベント前になると、胃に穴が空くくらいストレスがかかります。気を遣うというか。
菊地玄摩 タクシーのお仕事をされてるだけでも大変そうなのに。
猿渡春香
観光は、流行のサイクルがとても早いので、年齢的に限界かなと思っていたんです。年齢が高くなっていくと情報をキャッチする力が弱くなってくるし、自分の中からアイデアや提案を出すスピードも弱くなってしまいます。
だから観光の現場の第一線は、若い人のほうがよいと思っています。だから私としてはちょうどいいタイミングでした。
菊地玄摩 協議会がなくなる時期に、ちょうど「そろそろいいかな」という時期になったということですね。
猿渡春香 一応、もう続くものはないという形で綺麗に終わってたので、良かったかなと。